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偏愛的・坂田靖子 論

「鏡像のナルシシズム、
       更にはグロテスクな楽園」


寄稿 天野章生さん



☆〜はじめに〜☆

坂田靖子という漫画家のことは少女マンガをお好きな人ならご存じの方も多いだろう。
「バジル氏の優雅な生活」が代表作、と言えば頷く人はさらに増えるかもしれない。
坂田さんは基本的に短編作家である。バジル氏の話も長編シリーズとはいっても、一つ一つの話は単独で読むことが可能なオムニバス式でもあり、ほかのシリーズ作品もほとんどがそうした形。
そしてプロになって25年というベテランにしてその作品数と質の維持たるや・・。
特に『ジュネ』(マガジン・マガジン社)で続けられた4ページ劇場などは4ページという枠の中で、時にシリアスあり、時にシュールなギャグオチあり、とこの作家の自由自在さを十分に知らしめる。
作者によると『ジュネ』では「自由に描いてください」という形だったらしい。
ここのサイトオーナー葉月さんが薦める「サザン・アイランド・ホテル」もそうしたジュネ掲載作の一つである。ラストのどんでん返しでそれまでのふざけた調子ががらっとセクシャルに色を変える。短い中で小気味の良いテンポ感、隠されたエロティシズム、そしてラスト、二人が眺める空に降る雪の余韻・・・洒脱で軽妙な中にもセンスが光る作家なのだ。



☆〜鏡像のナルシシズム〜【アモンとアスラエール】☆

さて、短編を得意とするその坂田さんが、商業誌に掲載することを目的とせず(雑誌の傾向や編集の意図に左右されずに自由に描きたいという熱意の結晶として)描かれた作品に【アモンとアスラエール】というシリアスな長編がある。
同人誌「ラヴリ」に掲載され(プロデビュー後も)、自費出版としてまとめられた一冊。その後新書館からも出版されたが、坂田作品の中では古くからのファンでないと知名度は低いかもしれない。
この作品はウィリアム・ブレイク「病める薔薇」の詩で始まる。
 おお薔薇よ 
 おまえは病む!
 ほえるあらしの中
 夜に飛ぶ
 目に見えぬ虫が
 深紅のよろこびの
 おまえの寝床を
 見つけてしまった 
 その暗い秘めた愛が 
 おまえの命を滅ぼしつくす
そしてこの詩が作品の官能的で退廃的な行く末を見事に暗示する。
主人公は、キリストを「超能力者でマゾの私生児」と言い切り、自分の判断力を信じ、何モノにも縛られず自由に生きる学校一の不良であるアモンと、それに対照的にストイックで完璧な優等生として知られるアスラエールの二人。しかし、アスラエールは潔癖のあまり、自らの醜さ弱さに耐えきれず、そこからの逃避でマリファナに手を出していた。
アモンは、ただの優等生だと思っていた彼のそうした一面を知ることで彼に一気に近づく。「チェリオ!愛すべきアスラエールの悪徳に!」と嬉々として言うアモン。他人を容れず、傲慢かつ完璧主義で誇り高いアモンのキャラクターこそ、坂田さんが描きたい情熱を注がれたものだろう。そして、その誇り高さは一見対照的に見えるアスラエールのモノと同一である。そう、両極端の二人は実は同根の一対なのだ。
 肉体をモノにして更には、精神的にも追いつめてくるアモンに本気で憎しみを覚えるアスラエール。潔癖を望み、自分の弱さを見つめることの出来ない彼は、実は傲慢で他人を容れることが出来ない究極のナルシストでもある。
アモンはアスラエールに己の鏡像としての半身を見ている。
彼らはよく似ているからこそ一方は欲しがり、一方は拒絶しているのだ。そして、最後に自分を壊してまで拒絶を通したアスラエールに木陰で口づけるアモン。人形同然になったアスラエールだけを、それでも愛着する姿が映画のラストシーンのように描かれる。
欲しくて欲しくてたまらない半身は彼の鏡像であり、鏡に自分が入っていけないように、近づくことが、どちらかが殺されるか殺すか、というぎりぎりの選択まで追いつめ、破壊してしまったのだった。究極のエゴイズム、ナルシシズム、そしてその誇り高い精神性。肉体の交わり以上のエロティシズムがそこにはあった。
入手困難本ではあるが、是非、読んで貰いたい作品である。
尚、この作品は佐藤史生さんの【天使の繭】(『阿呆船』新書館・所収)と比較して読むのもまた面白いかもしれない。




☆〜グロテスクな楽園〜【花模様の迷路】【孔雀の庭】☆

新書館の『グレープフルーツ』に掲載された作品は、数ある坂田作品の中でも質の高いシリアスであった。中で2作品をご紹介したい。
【花模様の迷路】(『花模様の迷路』新書館版/ハヤカワ文庫版・所収)●
旅先で内紛に巻き込まれ両親を殺され、ジャングルを逃げまどった幼い日の記憶がトラウマで残るパトリック。貴族である叔父夫婦に引き取られ、大きな屋敷の中で温和で無欲な甥として暮らす彼は、しかし、迷路のある大きな庭の奥で様々な背徳の想いに耽っている。
「パラダイスというのはもともとペルシャ語で”閉ざされた庭”を指す言葉だったんですよ」
彫刻の買い付けにきた美術商・マクグラン(シリーズの主人公)にそう説明する彼が庭の中に隠す、欺瞞や背徳の想い。静謐で美しく整えられた庭の中で醜い自らの想いだけが膨らんでいく・・。閉ざされた庭<楽園>の中で、血の匂いのする悪夢に脅える彼の想いが第三者・マクグランの侵入によって隠しおおせず溢れ出した時、初めて彼は楽園を後にし、悪夢に脅えることから解放されたのだった。
【孔雀の庭】(『パエトーン』新書館版/ハヤカワ文庫版・所収)●
孔雀が何羽も放された素晴らしい庭をもつ広大な屋敷。貴族・アルフレードは病院長であった祖父から”爵位と庭と貴族らしい生き方”を継いだ、とマクグランに言う。維持費も大変な屋敷で何人もの召使いを使いながら、財産を切り売りするやり方に、苛つきを覚えるマクグランだったが、その庭に隠された秘密が徐々に明らかになっていく。
病院長であった祖父が過去に起こした明らかなあやまち。隠された死体と過失。アルフレードの母もまた、彼の出生の秘密を隠したまま気狂いになって、屋敷の地下道を亡霊のように彷徨う。それら全てを隠しおおしたまま、家の尊厳を保ったまま、最後まで看取れ、というのが祖父が彼に託した願いだった。
彼は祖父の誇りの為に、秘密のまま家を埋葬することの為に選ばれた”贄”だったのだ。贅を尽くし、夢のように美しい庭の中で、絢爛たる牢獄につながれるような想いで、その願いを果たそうとするアルフレード。彼にとって唯一愛情を感じる相手であった叔父もまた、皮肉な死を遂げる・・。
(祖父がなぜ息子ではなく孫を”贄”に選んだか、そこには近親相姦の背徳の匂いも隠されている。)
現実離れした”煌めく王宮”としての美しくもグロテスクな楽園、それがアルフレードが縛られている”孔雀の庭”だった。
そのイメージの確かさが見事に描き切られた後、ラストのマクグランのセリフが、退廃に落ちない坂田さんならではの救いを演出する。
庭=楽園に込められた、数々の豊富なイメージを駆使して描かれた秀作二編をご紹介した。
小道具として使われるガレのガラス工芸が持つエロス、空中庭園の幻想的なイメージ、さりげなく描かれるイギリス式庭園の様式・・など、この作者のもつ幅の広いバックグラウンドが窺えることと思う。
幻想と怪奇を愛するこちらのサイトへの訪問者にお勧めする作品である。




☆〜おわりに〜☆

私は坂田靖子という漫画家をこよなく偏愛している。
当サイトの葉月さんともその坂田靖子ファン、というキーでニフティで知り合ってかれこれ4年くらいだろうか。
坂田ファンというのは作家自身の趣味の幅広さゆえか、実に多様多彩で、葉月さんの趣味もまた深くマニアックで、興味が尽きない。ここはその趣味のよく表現された、美しいサイトだと思うし、これからの発展も楽しみである。
坂田さんについて書いてみて、という依頼を頂いて、嬉々として書かせて頂いたのはいいのだが、かなりネタばれでの作品紹介となり、心苦しい。しかも入手困難本だったりして。(後半の2作品はまだハヤカワ文庫で入手しやすいかもしれない。)
まだまだお薦めしたい作品はたくさんあるので、坂田靖子という漫画家に興味を持って頂ければ、偏愛的・坂田靖子ファンとしては幸いと願う次第である。

by 天野章生
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