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神よ、憐れみと赦しを与えたまえ・・・
ジル・ド・レエについて
「吸血鬼」そして「青ひげ」のモデルといわれるジル・ド・レエ候は、15世紀フランスの貴族であった。オルレアンの戦いで、聖少女ジャンヌ・ダルクを助け、若くして戦功をたて国王から元帥の称号を与えられる。しかし、ジャンヌ・ダルクを失ってのちは精神のバランスが崩れはじめ、莫大な財産を受け継ぐも浪費に浪費を重ね、窮乏におちいり、黄金を得ようとして凝りだした錬金術は、悪魔礼拝へエスカレート。ついに魔術師たちの煽動も手伝って、生贄に選ばれた幼児の腹を裂くことになる。この瞬間、血に酔うジル・ド・レエが誕生したのであった。裁判記録には、死刑になるまでの八年間に八百人以上の子供を殺したと記してある。ブルターニュ地方、チフォージュをはじめとする村々に、幼い子供は絶無となり、厚い石の壁で遮られた城の底には屍臭が漂い、なめされた子供の皮が積み上げられた。時代が時代なだけに、不明瞭な点もあるが、戦争による殺戮などをのぞいては、ローマの暴君も蒙古の大汗も、自分ひとりの快楽のためだけに、これほどの虐殺は行っていない。
ジル・ド・レエは、誘拐してこさせた子供たちをゆっくりと切り刻み、生温かい臓腑にひたりながら瀕死の情景を恍惚として眺め、肉の山の頂上で射精するといった行為の後、激しい悔恨の念に圧迫されて神の慈悲を望む。そして、涙にくれていたかと思うと、突然、幼い肉体を裏返し、めちゃくちゃに叩きのめしたいといった欲望の波が押し寄せてくる。それがようやく鎮まる頃、再び懺悔の言葉が繰り返されるのだ。
「神よ、憐れみと赦しを与えたまえ・・・」
裁判の席では、神の破門だけをおそれ、地上の贖罪である火刑を懇願し、かなえられるとよろこんで処刑台へのぼっていったという。彼の精神の奥深くには、免罪を得るために不可欠な、罪への欲望が渦巻いていたのであろうか・・・
戦争のエクスタシーと少女将軍を失ったことによる虚脱が精神を荒廃させたとか、古典文学に造詣が深かったことから(当時の貴族としてはめずらしい)、ローマ皇帝たちのサディステックなシーンを無意識のうちに心に刻みつけていたとか、心理学者たちにとっては精神分析の格好の材料となった彼は、同時に、世紀末の芸術家たちの愛すべきモチーフともなった。
そして私には、この吸血鬼とよばれた男の四十年にも満たない生涯が、中世という時代の縮図に思えてならない。封建貴族の戦争への愛。付き従った少女将軍の火刑。狂気じみた浪費と錬金術。森の中の悪魔礼拝。地下牢における血まみれの殺戮。見世物めいた裁判と処刑・・・化学と魔法が婚姻を結んだ不可思議な時代。史実さえもが幻想的なお伽噺に姿を変えて語られる、中世という時代が、ジル・ド・レエを、そして吸血鬼伝説を生み出したのかもしれない。
(1986年脱稿)
ジル・ド・レエの裁判