by ウメカニストのウチノリカさん
楳図ファンであるということは、作品内で描かれるその過剰なまでの表現ひとつひとつ細部に至るまで、魅了され幻惑され愛着を抱いてしまうということに他ならない。
キャラクターの上唇の線、目張りのきつい目元、糸くずのような髪の毛、大きく開いた口の脇の影、少年少女のほっぺたの丸み、頭上の巨大なリボン、ぎこちない手足の動き、包まれた布の形、金持ちの館のゴージャスというよりは珍奇なインテリア、効果線は限りなく黒く、強弱の激しい陰影、叫びっぱなしのフキダシ文字、主人公にたたきつける大量の雨風…エトセトラエトセトラ。
とまあ、楳図ファンであればこそ、それらの描写に限りなく愛を感ずるに違いない。もちろん私もそのひとりである。
とりあえずの10作品であるが、順位をつけることはしない。楳図かずおの数ある作品から怖いものベストランキングなど、とてもできないのである。楳図ファンひとりひとりの心のなかに怖い作品ベストがあるわけだが、このセレクションはあくまで、ウチノリカがコワイと感じた作品群。
ということで、濃ゆい楳図ファンの皆さまお許しを。
蛇足ながら、私の楳図作品大好きベストワンは『わたしは真悟』。これはどうしようもなく変えられない。そして『漂流教室』と続くのだけど、『14歳』も含め、今回の10作品の中にはあえて入れてない。ある意味残酷で怖い作品であることは間違いないのだけど、ホラー作品というジャンルでくくることがためらわれた。名作『イアラ』も迷うところ。
このページのイラストはすべてウチノリカさんによって描かれたものです。
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順位 | 作品名 | 発表年と収録本 | コメント |
― | 「紅グモ」 | 1965年 (ハロウィン少女コミック館 こわい本13『紅グモ』朝日ソノラマ) (こわい本 10『蜘蛛』朝日ソノラマ) |
やはり蜘蛛ははずせない。 後妻が財産を独り占めしようと、口や鼻から体内に入り込む紅グモを使い、娘ふたりを亡き者にしようとする。女の子たちが可愛いだけに酷さ倍増。 大人になって読むとさほど怖くないが、子どもの頃これを読んだ者にはたまらない。 少女の口からクモが大量に出てくるシーンはまさに悪夢。 |
― | 「ヘビ少女」 (『ヘビ少女の怪』に改題) |
1966年 (SVコミックス『恐怖劇場』2 小学館 ) (角川ホラー文庫『へび少女--楳図かずお恐怖劇場』 角川書店 ) |
やはり蛇ははずせない。『ママがこわい』『まだらの少女』(どれもメチャ怖い)ヘビ女シリーズのひとつ。 村には忌まわしいうわばみ伝説があった。ひとりぼっちの洋子は隣村にもらわれていく。その屋敷には黒のアイパッチをつけた奥様、ばあや他、皆ヘビの化身であった。洋子はヘビに追いまわされ、無理矢理ウロコを飲まされ、ヘビ井戸に落とされる。友だちのさつきとかんな姉妹は、洋子を助けるために奮闘するが、はたして…。 愛らしい少女を完膚無きまでにいじめ尽くす、少女時のトラウマ必至作品。 |
― | 「人こぶ少女」 (『ひとこぶの怪』に改題) |
1967年 (秋田漫画文庫『怪』第1巻 秋田書店) (ACセレクト『怪』第2巻 秋田書店) |
やはりコブ、これもはずせない。 アグリの家にいとこの優子がやってきた。アグリは左ほっぺたにある大きなコブをとるために、美人の優子に呪いをかける。さらにはコブを刀で切り落とすが、その後怖ろしいことが…。 毛量多い髪を真ん中で分け、太い眉にきつい目をしたアグリの存在は強烈な印象を残してくれた。 |
― | 「赤んぼう少女」 (『のろいの館』に改題) |
1967年 (SVコミックス『恐怖劇場』1 小学館) (角川ホラー文庫『赤んぼう少女』角川書店 ) |
タマミちゃんは恐怖漫画界サイコーのアイドル。斬新なヘアスタイルに腫れぼったい目をして、一度見たら決して忘れることのできないルックスだ。トコトコ歩いては悪だくみするタマミが、鏡台の前でひとり口紅をひき涙したりもする。これでもかこれでもかと迫り来るタマミに恐怖しつつも、同時に哀れみの情を抱かせる得難いキャラであった。 アイラブ・タマミ! |
― | 「影姫」 (『鬼姫』に改題) |
1967年 (ACセレクト『鬼姫』秋田書店 ) |
鬼姫と呼ばれる奈津姫。彼女にそっくりな志乃は、鬼姫の影として愛する家族や恋人の元を離れ城にやってくる。冷酷無慈悲な鬼姫のしぐさ、言動、性格すべてを真似ていくうちに、志乃自身も変わっていく。 いわゆる恐怖漫画ではないが、人間のいやらしさ、残酷さ、恐ろしさ、哀しさが見事に描かれている。 |
― | 「高校生記者シリーズ」1966〜1970年 | 恐怖物語をさまざまな角度から描く。短編ながらぐいぐい読ませてしまう作品が多い。 『恐怖の館』『奪われた心臓』『雪女の恐怖』『笛が呼ぶ謎』(『サンタクロースがやってくる』に改題)どれも印象深い。21話の中から2作紹介する。 |
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「その目が憎い!」 (『魔性の目』に改題)1968年 |
1968年 (秋田文庫『恐怖』全2巻 秋田書店) |
失明した少女直美のもとへ見知らぬ老人がやってきて、新しい目をくっつけられる。また見えるようになった直美だが、それ以来これまでとは違ったものが見えるようになる。きれいな人立派な人でも、その人本来の姿、モンスターとして見えてしまうのだった。 さまざまな怪物の顔がかなりエグく気持ち悪い。こっそりタマミの顔もみえる。 |
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「憑かれた主役」 (『とりつかれた主役』に改題) |
1969年 (秋田文庫『恐怖』全2巻 秋田書店) (『綾辻行人が選ぶ!楳図かずお怪奇幻想館』ちくま文庫 ) |
芝居の代役として、地味な男の子が出ることになる。彼はメーキャップすることで人格が変わるらしい。次第に狂気にとりつかれていく少年。 メーキャップの迫力が脳裏に焼きつく。 |
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― | 「おろち」1969〜1970年 | 『おろち』は生理的恐怖でなく、人間の心理のより深部にもぐり込んだ恐怖を描いている。永遠の命を持った謎の美少女おろちは、狂言まわしであり物語の傍観者であり観察者でもあり解説役でもある悩ましい存在。 『ステージ』『カギ』『ふるさと』『骨』『秀才』『眼』と、どの作品も読みごたえがある。その中から最初と最後の作品、非常に共通点の多い2作を紹介する。 |
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「姉妹」 | 1969年 (秋田文庫『おろち』全4巻 秋田書店) (小学館叢書『おろち』全3巻 小学館) |
エミとルミのふたりは美しい姉妹だったが、18歳になるとこの世の者とも思えぬほど醜くなる血筋を引いているという。 血筋や美への執着、醜悪なモノに対する恐怖・嫌悪感をえぐりだすように描写している。 |
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「血」 | 1970年 (秋田文庫『おろち』全4巻 秋田書店) (小学館叢書『おろち』全3巻 小学館) |
大金持ち門前家には姉妹がいた。優秀な姉と比較され苦しむ妹が、大人になりいったんは家を出るが、また門前家に戻ってくる。おろちは事故で深い傷を負い眠りに入る。時は流れおろちが目覚めると、別な少女となり門前家に引き取られることになる。屋敷にはすでに年老いた姉妹がいたが、次第に真実の姿が見えてくる。 表からは計り知れないほどの怖ろしい憎しみと復讐、またしても血の怨念、人の心の美醜とはいったい何かを、執拗なまでに追求している。 『おそれ』や他の多くの作品にも共通するテーマといえよう。 |
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― | 「洗礼」 | 1974〜1976年 (ACセレクト『洗礼』全3巻 秋田書店) (小学館文庫『洗礼』全4巻 小学館) |
シワ、あざはこれまでの輝かしい人生から転落の象徴。楳図作品で繰り返し描かれる、異常なまでの美への執着が、『洗礼』においては壮絶な恐怖ドラマとして展開される。 これは元美人女優若草いずみ、さくら母娘の怖ろしい物語。泣き叫ぶ我が子をつかまえ、縛り、手術台にのせ、髪の毛を剃る母親。前半からしてぶっ飛んだ展開。克明に描写される脳移植手術に戦慄しない者がいるだろうか。『黒いねこ面』の手術シーンでも、ネコ少女の顔の皮を剥ぐ場面があるが、その比ではないグロテスクさ。担任先生の家にころがりこんだ後、奥さんをイビりだすためにゴキブリ飯だのアイロン秘所責めなど、あの手この手の見せ場が盛りだくさん。先生とさくらのお風呂シーン、お布団シーンなど、笑っていいのかハラハラしていいのか。ワインと幸福に酔い、「ラララ」とダンスをするさくら。 ヘンさと怖さの振幅の激しさが読者の予想をはるかに超え、眩暈すらおぼえる傑作。 |
― | 「ねがい」 | 1975年 (SVコミックス『恐怖劇場』1 小学館 ) (『綾辻行人が選ぶ!楳図かずお怪奇幻想館』ちくま文庫) |
孤独な少年が木の切れ端を拾って人形をつくる。モクメと名付け念力をかけて動くよう願いをかける。しかし、女の子と仲良くなるうちにモクメがジャマになり捨ててしまう。ある日、モクメが家にやってきた。 「ピノキオ」といい、命のないものに命を吹き込む話は数多くあるが、それにしても友だちにするにはモクメは怖すぎ。 描かれる男の子の心の揺れ、残酷な気持ちや行為は痛いほどわかる。 |
― | 「神の左手悪魔の右手」1986〜1989年 | 夢の中で予知し感応し戦う男の子、想が主人公。楳図作品の中で一番スプラッター度の高い作品。『消えた消しゴム』『女王蜘蛛の舌』『影亡者』どれもおぞましい。全5話の中から2作品を紹介する。 | |
「錆びたハサミ」 | (ビッグコミックス『神の左手悪魔の右手』全6巻
小学館) (小学館文庫『神の左手悪魔の右手』全4巻 小学館) |
想の姉が大量の泥、そして人骨や玩具を吐き出す。体中から血をまき散らしながら苦しむ姉を救おうと、体内とつながっている忌まわしい地下室の探索に乗りだす想。姉の身体の内側から外界を覗いてる想の絵が絵的にも素晴らしい。ハサミで身体の各所を切り刻む残虐な事件を、想が体感し再現する凄惨きわまりないシーンの連続。子どもは読んじゃダメ。 | |
「黒い絵本」 | (ビッグコミックス『神の左手悪魔の右手』全6巻
小学館) (小学館文庫『神の左手悪魔の右手』全4巻 小学館) |
病気で動けないままずっとベッドに寝てる可愛い女の子ももちゃん。献身的に看病してくれるお父さんが、手作り絵本を読ませてあげる。だがその内容たるや、鉤に首をひっかけられ殺される女性、ケーキまみれのままオノで惨殺された少女たち、両足を無惨にも逆さに折り曲げられ刺殺されたお姉さんなどなど。さすがにパパの異常性に気づいたももちゃんは、必死に助けを求める。まだ夢でしかももに会ったことのない想、彼女を救いに旅立つが、はたして…。 パパの顔がすさまじいまでに変貌して怖い怖い。グツグツ煮えたぎる鍋の横でおこなわれるまな板シーンは、読む者を恐怖のどん底にたたき落とすだろう。 |
(2001.6.22.)
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