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メタモルフォシス幻想

多賀新さんの銅版画によせて)


 銅版上に広がるメタモルフォシス幻想は、いつまでも孤独であり続ける、さびしい肉体の夢をみたしてくれる。



 
「メタモルフォシス(変身)」は古今東西にわたって美術のみならず、あらゆる芸術作品の主題として愛されてきた。とくに神話をモチーフとした作品のほとんどは、結果的にメタモルフォシスがモチーフだといってもよいくらいだ。動植物や無機物への変身もしくは融合。これは人間のプリミティヴな願望であり、万物流転の根本義であるかもしれない。
ポール・デルヴォーの下半身が樹木の冷たい女たち、サルバドール・ダリの引き出しや犀の角と融合する柔らかい女体など、私の好きなメタモルフォシス作品は多いが、ここでは硬い銅版の上に表現された、多賀新さんのメタモルフォシス世界にふれてみようと思う。
 多賀さんの銅版画にはじめて出会ったのは、江戸川乱歩の春陽堂文庫「屋根裏の散歩者」の表紙であった。まず、女性が窓枠に肘をついている構図が、ダリの「みずからの純潔性に姦淫された若い処女」という作品に似ているなと思った。次に、この緻密な線は銅版画(エッチング)だということに気づいた。そうして凝視しているうちに、小さな文庫本の上に広がる不思議なメタモルフォシス世界から目が離せなくなってしまった。ダリの作品は、女性の臀部が犀の角で表現されていて、その寓意性は意外とわかりやすいものである。しかし、多賀作品を言葉で表現するのはむずかしい。
窓枠に肘をつく女性の臀部に歯車のようなものが繋がり、それを支える筋肉質の腕は、たっぷりとした襞のスカートを身につけ、蛇腹のような肋骨を持っている。その腕から別に派生した女王蟻を思わせるような巨大な臀部。その肉と融合するような可憐なフリル。窓の外の風景はタンギーの絵のように溶けている。
 あくまでも私個人の感覚で表現したまでだが、「ような」が重なるということは、鑑賞者に想像を委ねさせてくれるということでもあり、これも多賀作品独特の魅力の一つであろう。

 春陽堂、江戸川乱歩文庫の一連の扉絵は、あたかも乱歩世界を表現するために制作されたと思われがちだが、多賀さんご自身が「無意識の中で制作していた私の仕事は、あたかも乱歩氏と共作したのではないかと見間違えるほどであり・・・」(春陽堂「銅版画・江戸川乱歩の世界〜多賀新」より)と語られたように、まったく別々に作られた作品である。しかし、乱歩世界の「変身願望」が多賀さんの「メタモルフォシス幻想」と結びついて独特の世界が構築されていることは誰もが認めることだろう。乱歩のリアルタイム時に挿し絵を描いておられた
竹中英太郎さんも、乱歩の世界をすばらしく表現されていたが、私の中で、乱歩世界の「変身願望」「隠れ蓑願望」「胎内願望」などを視覚化すると、多賀さんの銅版画になる。
 「埋れる器」(春陽堂文庫「人間椅子」表紙)や「双璧」(春陽堂文庫「ペテン師と空気男」表紙)において、ひときわ目を引くのが、奇怪な生物の大きな翼である。乾いた鳥の翼というよりは、水中に棲息する生物のぬめぬめとした膚のような印象で、この翼が柔らかい女の肢体と巧妙に混ざり合うさまは言葉では言い尽くせない。また他の作品で、人間の肉体と混じり合うのは、植物の根っこであったり、巻き貝であったり、装飾物であったりする。その混じり合う部分からは、どこか懐かしい肉のきしむ音が感じられる。それは、あたたかい内臓に包まれて、暗い羊水の中を漂うような懐かしさといってもよい。

 動植物から無機物すべてのものに、魂が宿るというアニミズム信仰。自然や事物との結合を夢みる人間のエロティシズム。樹木から血、血管から樹液。人獣交媾から融合。柔らかい機械・・・。
 銅版上に広がる多賀さんのメタモルフォシス幻想は、いつまでも孤独であり続ける、さびしい肉体の夢をみたしてくれる。


(1986年脱稿)
  多賀新さんについて
     1946年北海道生まれ
    詩画集「掌のうえの神馬」詩/吉増剛造
    画集「桃源郷」「春環觸」「夢宴」「地平線に沿って」
    5人「Contestation1974」8人「地球と人間」
    「銅版画・江戸川乱歩の世界」
    カタログ「多賀新・全作品集1971〜1983」
 多賀新さんのすばらしい銅版画を著作権の関係で掲載することができませんが、「春陽堂書店」のサイト(乱歩文庫インデックス⇒http://www.shun-yo-do.co.jp/index/rampo.html)で扉絵を見ることが出来ます(作品は「双璧」)。興味を持たれた方はどうぞ。
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