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Vol.6 元プリンスって何だ? 2000.11.

私にとって、プリンスは「プリンス」でしかない。「かつてプリンスと呼ばれたアーティスト」とか、記号化された名前がジャケットを飾ろうとも、プリンスという語感のみが私を夢中にさせる。

彼に初めて出会ったのは、80年代初頭、MTVのハシリ的存在であった「ベスト・ヒットUSA」に流れた
「Little Red Corvette」のビデオクリップであった。
ポップで親しみやすいメロディなのに、なんだろう、この卑猥さは?小柄な男がいじらしいステップを踏んでいる。なのに、なんだろう、この威圧感は?小林克也の声で我に返ったとき、私は既にプリンスという毒におかされていた。そして、毒が体内をかけめぐり、至福の痙攣にいたるまでに時間はそうかからなかったのである。

「Little Red Corvette」が収録されている「1999」から2年後に発表されたのが「Music From Purple Rain」。その同名映画
「パープル・レイン」(1984)で、表題曲がアカデミー主題歌賞を獲得した頃、ミック・ジャガーが彼に惚れこんで前座をやらせたとか、デヴィッド・ボウイーが「パープル・レイン」を観るために何度も劇場に足を運んだとかいうエピソードが聞かれるようになって、プリンスはメジャー的存在となっていた。

「パープル・レイン」は、実に不思議な映画である。プリンスに魅力を感じない人間にとっては、ヘンタイじみた男のナルシスティックな青春映画にすぎないだろうし、学芸会のようなノリの人間関係も、ヘンな形のギターもオートバイも、何もかもが笑える材料になるのだが…プリンスにある種の感情を抱いてしまった私は、単純で滑稽で、ナルシシズムの極致ともいえるキッド(プリンス)をたまらなくいとおしいと感じたのである。

この感情をどう表現すればよいのか。最初に彼の印象を「卑猥」と書いたが、プリンスには官能的というか一種の倒錯的な魅力がある。それは世間を騒がせてきたセクシュアルな内容の歌詞のせいだけではない。肉体コンプレックスの裏返しともいえる大仰でエロティックな動きや、同情をひくような翳りの表情の間に時折みせる不敵な笑い、悪趣味と紙一重の美意識…それらが巧妙に分泌物のようにスクリーンに滲み出ているのだ。そしてその部分にふれてしまった人間だけが、この映画の虜となるのだ。

「パープル・レイン」は、ミネアポリス・ファンクという固有名詞にもなったプリンス・ファミリーの映画でもあった。
ファミリーの存在感はなかなかのもので、特に、音楽と恋の上でのライバル役、ザ・タイムのモーリス・デイと彼の右腕ジェロームの二人が、詐欺師のような独特の個性でコメディ・リリーフとして達者な演技をみせてくれた(ジェロームは、次作でもプリンスの相棒という重要な役を演じた)。ちなみに、ジャネット・ジャクソンやメアリー・J・ブライジらを手がけた人気プロデューサー・ユニット、ジャム&ルイスもザ・タイム出身であり、音楽的にもキャラクター的にも興味深いバンドである。

そして、身勝手なキッドに振り回されるザ・レヴォリューションのギタリスト、ウェンディ、キーボードのリサ。この女性コンビネーションもいい味を出していたし、キッドの恋人役、アポロニア6のアポロニア・コテロも美しく魅力的であった。両親役の俳優をのぞいて、ほとんどが実名で地のままにミュージシャンとして出演したこの作品は、故郷ミネアポリスを舞台にしたプリンス・ファミリーの、まさに自伝的青春映画といえるだろう。

もちろん、映画における音楽の魅力はいうまでもないが、「Around The World In A Day」や「Lovesexy」といった、魔術のようなトリップ感覚を好む私は、アルバムとして「Music From Purple Rain」を聴くことは少なく、「パープル・レイン」のビデオや、バス・タブで身悶えする
「WhenDoves Cry(ビートに抱かれて)といったビデオ・クリップを繰り返し楽しんだ。逆に、モノクロの「アンダー・ザ・チェリー・ムーン」(1986)は劇場で一度観たきりになっているが、「Parade」は繰り返し聴く大好きなアルバムだ。「アンダー・ザ・チェリー・ムーン」は、レトロな雰囲気やミュージック・クリップ「Mountain」など惹かれる部分もあったが、映画としての魅力には欠けていたようで残念だ。

プリンスのサントラといえば、ティム・バートン監督の
「バットマン」(1989)が有名だろう。
「パープル・レイン」のキッドそのままに、複雑な家庭環境で育った少年時代。妹と二人きりで留守番をしていたときに、TVでおぼえた「バットマン」のテーマをピアノで弾いて遊んでいたというが、ティム・バートンの怪しげでダークな映像と、プリンスのポピュラーで複雑なアクの強さが相まって、魅力的なゴッサム・シティが構築されている。

スパイク・リー監督
「ガール6」(1996)には新曲を含む楽曲を提供しているが、サントラ盤は既成の曲もすべてリマスターされていてお買い得。メッセージ性の強い作風で知られるスパイク・リーにしては軽めの映像であるが、選ばれたプリンスの曲もどちらかといえば軽めでオシャレな雰囲気がマッチしている。この映画にはタランティーノやマドンナ、ナオミ・キャンベルなど有名どころが出演、コミカルな演技をみせてくれる。

最後に、コンサート映画についてもふれておこう。
「サイン・オブ・ザ・タイムス」「ラブセクシー・ツァー」はじめ、彼のライヴ映像は実際のライヴ同様、どれも素晴らしい。記号化されてのちのアルバムを聴く機会は減ってしまったが、今年になって、1999年にアメリカで行われたライヴを見る機会があった。ベースはラリー・グラハム、サックスはメイシオ・パーカー。そしてレニー・クラビッツ、ジョージ・クリントンの参加にも驚いたが、何よりも、ステージへの完璧なまでのこだわり、彼独特の美意識が健在であったのは、涙が出るほど嬉しかった。

音楽的には、「かつてプリンスと呼ばれたアーティスト」が「プリンス」に比べて劣っているわけではないと思う。80年代という一見華やかだが音楽性は暗黒の時代に、独自の新しい音楽スタイルを確立したプリンス。21世紀を目前にした今、楽曲はあふれるほどリリースされるのに、どの曲もどこかで聴いたことがあるような、既成の音楽スタイルの域を出ていないような感じを受けるのは私の思い過ごしだろうか。音楽的イノベーターと呼べるアーティストが、プリンス以降、登場しただろうか。最新のヒット曲よりも80年代にプリンスが作った曲に「自由」を感じるのはなぜだろう。
その答えが見つけられないから、私はこだわるのかもしれない。「プリンス」という語感に。


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