Vol.2 スーパーフライは死の予感 2000.7.
カーティス・メイフィールドの訃報を新聞の片隅に見つけたのは、あと少しで2000年というときだった。永遠に彼の声が聴けない寂しさに戸惑いつつも、1990年にステージ照明装置の落下事故に遭い半身不随になってしまったというニュースを聞いたときほどのショックはなかった。
再起不能といわれたカーティスは、事故から6年後に「New World Order」というアルバムでカムバックを遂げた。彼のカムバックは嬉しかったし、アレサ・フランクリン、メイビス・ステイプルズらの参加にも心躍った。しかし、彼のギターが聴こえてこないのと、昔より低いキーの声に今ひとつなじめなくて、繰り返し聴いてはいないアルバムだった。
しかし先日、このアルバムのタイトル曲が流れる映画に出会って、私は初めてカーティスの死を受け容れ、そして泣いた。
スパイク・リー監督の「ゲット・オン・ザ・バス」(1996)である。
物語は、「百万人の大行進」(1995年秋、ワシントンD.C.で行われた)に参加するため、ロザンゼルスからバスに乗り込んだアフリカ系アメリカ人男性たちの言動を中心に進む。タイトルそのものバスを舞台としたロードムービーといえるだろう。
過去のスパイク・リー作品の斬新な映像や過激な語り口はいっさいなく、ドキュメンタリー的手法で淡々と語られてゆく (実際にかなりの低予算早撮り作品であるらしい)。
映画制作のためにカメラをまわす大学生、不良息子を手錠でつないだ父親、ゲイのカップル、過去に罪を犯した男など、乗客たちの個性も強いし、途中で登場する白人運転手、鼻持ちならない黒人と乗客たちのやりとりが物語に深みを与える。
そして乗客たちの中でも特に存在を感じさせてくれたブラザー・ジェレマイ(定年まで働くことを夢見ていたが、それすらもかなわなかった)が、ワシントンの会場につく直前、病院に運び込まれて息をひきとるところから物語はクライマックスに。病院から出てきた乗客の一人が「5000キロも旅してきて葬式とはな・・・」とつぶやき、それぞれがジェレマイの死を思い嘆く。
ここで「New World Order」が流れるのだ。曲調は暗くもなく寂しくもない、スローなシャッフル。だが、カーティスの優しいファルセット・ボイスによって、彼の死と、映画の中の死が重なり、彼の歌声が優しければ優しいほど、涙はあふれてとまらない。
行進に参加する夢を抱いて集まった乗客たちは、指導者たちのスピーチを聞くことも、同志と語り合うことも、記念のバッジやTシャツを買うこともできなかった。でも、ジェレマイの死と彼の残した言葉は、行進に参加するよりも、ずっとずっと大きな何かを乗客たちに与えてくれたにちがいない。
「ゲット・オン・ザ・バス」には他にも、カーティスが在籍していたインプレッションズの「People get ready」(ロック・ファンにはジェフ・ベックとロッド・スチュワートのカバーがおなじみだろう)やジェームス・ブラウンの「Papa don't take no mess」など、印象的な曲があちこちに使われていたが、私の胸では、「New world order」だけがいつまでも響いている。
スパイク・リーがこの映画を撮ったのは、カーティスがカムバックを遂げてすぐであり、私がビデオでこの映画を観たのが、たまたまカーティスの死後だったので、特別に響くのかもしれないけれども、どちらにしてもスパイク・リーの選曲の巧さにはうなってしまう。
さて、カーティス・メイフィールドが手がけた映画音楽、そして彼がのこしたアルバムの中で最高傑作といわれるのは、やはり「Super Fly」(1972)だろう。ストリングスやホーンの使い方、ワウワウをきかせた細かいギター・カッティング、そしてカーティスの黒っぽいファルセットが、実にクールでファンキー、私の大切な大切なアルバムだ。
サントラは昔から聴いていたけれども、映画「スーパーフライ」(1972年ゴードン・パークスJr.監督)を観ることができたのは今年に入ってからだ。2月に衛星で放映されるという情報を得たときは、舞い上がってしまって放映日まで何も手つかず状態だった。
そんな念願の映画はというと、物語は実にシンプル。麻薬の売人と彼らをとりまく人間模様を軸に、アクションありラブシーンありのエンターテイメントに徹した作品。主人公の「牧師」と呼ばれる売人(ロン・オニール)が若い頃の元プリンスに似ていたり、カラテなのかジュードーなのかわからないワザで敵を倒したり、いかにも70年代という黒人ファッション(タートルネックに三角モミアゲ)などは、ある意味で泣けるほど楽しい作品である。
何よりも、アフリカ系アメリカ人監督による、アフリカ系アメリカ人が主役の、アフリカ系アメリカ人のための真のブラック・ムービーであるという意味は大きかったと思う。それまでアフリカ系アメリカ人が登場するといえば、シドニー・ポワチエが「いい黒人(でも白人の上には絶対に立たない)」として描かれていたくらいだったから。メルヴィン・ヴァン・ピープルズの「スウィート・スウィートバック」(音楽はEW&F)、ゴードン・パークスの「黒いジャガー」(音楽はアイザック・ヘイズ)そしてパークスの息子であるゴードン・パークスJr.の「スーパーフライ」…。
「スーパーフライ」は、クエンティン・タランティーノの「ジャッキー・ブラウン」のどうやら元ネタの一つらしい。麻薬のすりかえシーンなどはそっくりであるし、往年のブラック・ムービー女優パム・グリアを登場させたり、「110番街交差点」(1972)のボビー・ウーマックの歌声が渋い「Across 110thstreet」をそのままテーマにすえたりと、タランティーノがブラック・ムービーの大ファンであることは間違いない。
1990年には「スーパーフライ」の製作者シグ・ショアによってリメイク映画が撮られ、カーティスも「Return to Super Fly」というサントラに新曲を書いているのだが、あの不幸な事故はその直後に起きてしまった。ある意味で、「Super Fly」が彼の人生を決めるキーワードになってしまっていたのかもしれない。
「スーパーフライ」が、真のブラック・ムービーである意味も大きいが、最終的には音楽を外してこの作品は語れない。カーティスの歌詞とメロディと声からは、ゲットーで生きる厳しさ、悲哀が滲み出ている。そして本人が場末のライブハウスで歌うシーンにちょこっと出演するのがファンにとっては嬉しいかぎり。
若い頃から気のいいオジサンといった風貌だったけれども、実際に、イギリス公演のビデオでポール・ウェラーと対談していた様子を見ても、ホントにあたたかくて優しそうな人だ。
カーティス・メイフィールドは、アフリカ系アメリカ人のためだけでなく、すべての人間のために「解放」をテーマに歌い続けてきた。私もツライとき、彼の音楽を聴いて何度も救われた。
彼の訃報を報じた新聞の切抜きは、写真も載っていない小さなものだったけれども、彼の音楽は、ソウルを愛する私たちの心に、いつまでも大きく響き続けるだろう。